「もっと、やりようがある。」
これは、私がやっている「しかけづくり」のキャッチコピーです。
ずいぶん自信満々な言葉に見えるかもしれません。
でも、実際には、いつも別の方法が見つかるわけではありません。
あれこれ考えてみたものの、結局、最初の方法が一番よかった、なんてこともあります。
だから本当は、最後に「たぶん」を付けた方が正確なのかもしれません。
「もっと、やりようがある。たぶん。」
なんだか急に頼りなくなりましたが、案外こちらの方が、普段の自分に近い気もします。
正解って、ひとつなんだろうか。
仕事をしていると、いろいろな相談を受けます。
お客さんを増やしたい。
業務を効率化したい。
新しいサービスを始めたい。
もっと分かりやすく伝えたい。
こうした相談には、ある程度、定番の解決方法があります。
集客なら広告やSNS。顧客管理なら専用システム。情報を伝えるならWebサイトや案内表示。
もちろん、どれも有効な方法です。
ただ、同じ問題でも、置かれている状況は人によって違います。
予算が違う。人手が違う。得意なことも、苦手なことも違う。
ある会社でうまくいった方法が、別のお店でもうまくいくとは限りません。
だったら、最初から方法をひとつに決めなくてもいいんじゃないか。
そんなふうに考えることが増えました。
「できない」の中身を考えてみる。
例えば、「予算がないからできません」という話。
確かに、予算がなければできないことはあります。
でも、そこで少し考えてみます。
何に、どのくらいのお金が必要なのか。
本当に全部の機能が必要なのか。
既存の道具を使えないのか。
最初は小さく始められないのか。
そうして考えていくと、当初の方法では難しくても、
別の方法なら実現できそうなことがあります。
もちろん、何をやっても無理なことだってあります。
でも、「その方法ではできない」と「そもそも実現できない」は、同じではありません。
この違いは、結構大きいと思っています。
アイデアは、変わっていればいいわけじゃない。
別の方法を考えるのは好きですが、奇抜なアイデアを出したいわけではありません。
むしろ、変わった方法を思いついたときほど、少し疑った方がいいと思っています。
面白いけど、使いにくくないか?
作るのは楽しいけど、費用がかかりすぎないか?
最初はよくても、ずっと使い続けられるのか?
考えてみたら、市販品を買うだけで済むのではないか?
そういうことです。
例えば、何かの道具を自作しようと、あれこれ構造を考えていたとします。
試作品まで作ったところで、ぴったりの商品が普通に売られていることに気づく。
少し残念です。
でも、別に自分で作ることが目的ではないのなら、その商品を買えばいい。
普通の方法が一番なら、普通の方法を選べばいいんです。
別案を考えることと、別案にこだわることは違う。
ここは忘れないようにしたいところです。
そもそも、何をしたかったんだっけ。
仕事の相談で、もうひとつ大切にしていることがあります。
それは、最初に出てきた要望を、そのまま目的にしないこと。
例えば、「デジタルサイネージを設置したい」という相談があったとします。
もちろん、サイネージを設置する方法を考えることもできます。
でも、少し聞いてみたい。
「そもそも、何をしたいんですか?」
お客さんに新商品を紹介したいのか?
待ち時間を退屈させたくないのか?
スタッフが何度も同じ説明をする負担を減らしたいのか?
目的が違えば、方法も変わります。
画面が必要な場合もあれば、紙一枚で十分な場合もあるでしょう。
もしかしたら、案内の方法を変えるだけで済むかもしれません。
頼まれたものを、そのまま作ることも大切です。
でも、その前に一度「そもそも?」と考えてみると、別の可能性が見えてくることがあります。
考えるだけでは、分からない。
もっとも、頭の中で考えているだけでは、なかなか答えは出ません。
これは自分でも、よく感じることです。
よさそうなアイデアを思いついても、実際に作ってみると使いにくかったりします。
逆に、あまり期待していなかった方法が、意外とうまくいくこともあります。
だから、できそうなものは小さく試してみたい。
紙を切って置いてみる。
既存の道具を組み合わせてみる。
誰かに使ってもらう。
その反応を見て、また考える。
最初から完璧な答えを出すより、試しながらちょうどいいところを探す。
私には、そういう仕事の進め方が合っているようです。
「たぶん」くらいが、ちょうどいい。
考えてみれば、世の中のやり方の多くは、誰かが考えて、試して、残ってきたものです。
長く使われている方法には、それなりの理由があります。
だから、何でも疑えばいいというわけではありません。
ただ、昔は最適だった方法が、今でも最適とは限らない。
大きな会社には便利な仕組みが、小さなお店には大げさかもしれない。
ある人には当たり前のことが、別の人には難しいかもしれない。
だったら、時々立ち止まって考えてみてもいいと思うんです。
「他にもやりよう、あるのでは?」
答えが見つかることもあれば、見つからないこともあります。
でも、考えてみる余地は、案外あちこちに残っている気がします。
というわけで、これからも「もっと、やりようがある。」を合言葉に、
いろいろ考えたり、作ったり、試したりしていくつもりです。
もっとも、これが一番いい仕事のやり方なのかと聞かれたら、少し困ります。
もっと効率的で、もっと確実な方法があるのかもしれません。
その可能性も含めて、やっぱりこう言っておきましょう。
もっと、やりようがある。たぶん。

