お店に入ると、すぐに店員さんが声をかけてくれる。
「いらっしゃいませ! 何かお探しですか?」
「よろしければ、こちらの商品もご案内できます」
「何かございましたら、いつでもお申し付けください」
とても丁寧です。
もちろん、悪い気はしません。
でも、時々思うんです。
「いや、ちょっと放っておいてほしいんだけど……」
せっかく親切にしてくれているのに、そんなことを思う自分もどうかと思いますが。
今日は、接客の丁寧さについての話です。
親切にされると、断りづらい。
例えば、洋服屋さん。
ちょっと気になる服があって、ふらっと入ってみたとします。
まだ買うかどうかも決めていないし、何が欲しいのかもはっきりしていません。
とりあえず、いろいろ眺めてみたい。
ところが、服を一枚手に取ったところで店員さんがやってきます。
「そちら、新しく入荷した商品なんですよ」…なるほど。
「色違いもございます」…そうなんですね。
「よろしければ、ご試着もできますので」…ありがとうございます。
店員さんは何も悪くありません。むしろ、きちんと仕事をしているのでしょう。
ただ、こちらとしては、まだ誰かと話すつもりがなかった。
こうなると、服を見ることより、店員さんへの受け答えに意識が向いてしまいます。
そして、なんとなく落ち着かなくなって、店を出てしまう。
そんな経験、ありませんか?
声をかけないことも、接客かもしれない。
以前、Appleの直営店で働いていたことがあります。
そこでは、お客さんによって接し方を変えることの大切さを感じました。
何を買えばいいのか分からず、相談したい人。
購入するものが決まっていて、すぐに手続きを済ませたい人。
とりあえず新しい製品に触ってみたい人。
同じ店に来ていても、目的はそれぞれ違います。
当然、求めている接客も違います。
こちらから積極的に声をかけた方がいい場合もあれば、少し距離を置いた方がいい場合もある。
もちろん、お客さんの気持ちを完全に読み取れるわけではありません。
だからこそ、表情や行動を見たり、声のかけ方を工夫したりする必要があるんだと思います。
何かをしてあげることだけが、親切ではない。
何もしないで見守ることも、接客のひとつなのかもしれません。
丁寧な言葉と、感じのよさは別の話。
もうひとつ気になるのが、言葉遣いです。
「少々お待ちいただいてもよろしいでしょうか」
「こちらでお間違いございませんでしょうか」
「ご確認いただけますと幸いでございます」
どれも丁寧に伝えようとしているのは分かります。
ただ、丁寧な言葉を重ねれば重ねるほど、感じがよくなるかというと、そうでもない気がします。
例えば、小さなカフェでコーヒーを注文したとき。
「少々お待ちくださいね」
と自然に言われる方が、かえって心地よいこともあります。
もちろん、高級ホテルと近所の喫茶店では、求められる接客も違うでしょう。
どちらが正しいという話ではありません。
大切なのは、言葉の丁寧さよりも、その場所や相手に合った距離感なのではないでしょうか。
親切のつもりが、おせっかいになる。
こうした話は、接客だけではありません。
Webサイトを開くと、すぐにチャットの案内が表示される。
商品を見ていると、会員登録をすすめる画面が出てくる。
操作をするたびに、親切な説明が表示される。
どれも、利用者の役に立とうとしているのでしょう。
でも、必要としていない人にとっては、少し邪魔になることもあります。
そもそも親切というのは、提供する側が決めるものなのでしょうか。
「これだけ丁寧に説明したんだから、親切なはず」
そう思っていても、相手が求めていなければ、ただの余計なお世話になってしまう。
難しいところです。
だからといって、何もしなければいいわけでもありません。
困っている人を放っておくのも、それはそれで問題です。
結局、親切かどうかは、行動そのものよりも、相手の状況によって変わるのでしょう。
ちょうどいい距離感って、何だろう?
個人的には、必要なときに頼れる安心感があるといいなと思います。
例えば、お店に入ったときに軽く挨拶してくれる。
その後は自由に見て回れる。
何か聞きたいことがあれば、すぐに相談できる。
そんな接客です。
もちろん、すべてのお店がそうすればいいわけではありません。
積極的に話しかけてもらうのが楽しいお店もありますし、
店員さんとの会話そのものが魅力になっている場所もあります。
だからこそ、「丁寧な接客とはこういうもの」と決めつけない方がいい。
接客マニュアルを作るなら、言葉遣いや動作だけでなく、
どんなときに声をかけ、どんなときに見守るかまで考えてみる。
そんな方法もあると思います。
丁寧すぎる接客は、親切なのか。
結局のところ、丁寧であることと、親切であることは、必ずしも同じではないのでしょう。
丁寧さは、提供する側の振る舞い。
親切かどうかは、受け取る側の状況や気持ちにも左右される。
そんな違いがあるように思います。
もっとも、店員さんに放っておいてほしいと思っていたくせに、
いざ質問したいときに誰も見当たらないと、今度は「店員さん、どこ行った?」と思ってしまう。
我ながら、ずいぶん勝手なものです。
でも、そんな勝手なお客さんの気持ちも含めて考えるのが、接客という仕事なのかもしれません。

